ゲームが時間の無駄だとか思ってる馬鹿な大人になっちゃいけない

こんにちは、minoruです。

時々「昔はゲームよくしてたけど、今はやめたよ。ゲームなんて時間の無駄だと気付いたのさ」なんて事をいう大人がいますが、それは大間違いだと言わざるを得ません。

確かに良い大人が仕事も家族もそっちのけでオンラインゲームやスマホゲームに熱中しているようでは少々心配になる生き方ですが、「ゲームを楽しむ事もできないほど心に余裕の無い生活」もまたなんだか心配になってしまう生き方です。

ここでいうゲームとは何もテレビゲームだけの話ではありません。凧揚げ・双六(ボードゲーム)・トランプやUNO、カルタなどを含めたカードゲーム、それに将棋やオセロもゲームです。

古来より人はレクリエーションやゲームを通じて他人とコミュニケーションを取り、親交を深めて来ました。それを「どうせゲームでレベルアップしたって画面の中の出来事じゃないか…」なんて言ってしまうなんて、ちょっと心が疲れていませんか?という話なんですよ。

例えば将棋が強くたって、それは盤面の上だけの話ですからね。だからと言ってそれを無駄だと感じるのは軽く病んでますよ。それを言うならいくら仕事に役立つスキルを磨いても、そんなものは今世限定で来世では役に立たないとか言ってるのと同じぐらい残念な考え方ですよ。

まぁ賛否両論あるかも知れませんが、それでもゲームなんて不要だ無駄だ害悪だ!と思う人は、こんなブログなんて読んでないで、さっさとその「意味のある事」に全力投球なさってください。

元々はゲームとは他人とコミュニケーションを取りながら楽しむ物で、それがテレビゲーム・コンピューターゲームが発達する事によって対戦相手がいなくても一人でゲームが出来るようになりました。

しかし、確かにコンピューターだけを相手としたゲームだと、物足りなさや虚しさを感じるのは理解できます。私ぐらいのプロレトロゲーマーになると、ゲームボーイのモノクロ4階調で、解像度も160×144という限られた世界での表現力を感心しながら愛でるという「開発者とのコミュニケーション」の楽しみ方もありますが、それはまた別の機会に。

今はインターネットが発達してオンラインで誰かとコミュニケーションをとりながらゲームを楽しむ事は結構普通の事になりました。それにWiiUなど家族で楽しめるゲームも増えました。昔のファミコン時代は父や母にマリオをやらせ、そのヘタクソさに兄弟で大笑いしたものです。

散歩を楽しむように、映画を観るように、本を読むように、自然と生活の一部の楽しみとしてゲームを取り入れる事は、決して悪い事ではありません。ゲームが悪いのではなく、ゲームの扱い方を知らない人間の方に問題があるのです。

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